|
国鉄桜松(おうしょう)線 国鉄時代に桜井から松山(現在の宇陀市)、伊勢奥津経て松阪へと至る、 いわゆる奈良県桜井市と伊勢地区を短絡する旧伊勢街道沿いの鉄道構想だったのですが、 実現には至りませんでした・・・。 JR桜井駅の駅名標(撮影地・105系車内) 国鉄桜松線構想は明治期の頃からあり、民間運営での実現の動きもありましたが、実現には至りませんでした。その一方で、地元は桜井〜松山(現在の宇陀市)〜松阪間と名張〜榛原〜松山〜吉野間の鉄道敷設請願書を1921年に国に提出しました。 ところが・・・・、1930年(昭和5)年に現在の近鉄大阪線である参宮急行電鉄が桜井〜名張〜松阪〜伊勢市間の電車開通の影響で建設区間の桜井〜松阪から、名張〜松阪間へと変更されることになりました・・・。ともあれ、1935(昭和10)年までに松阪〜伊勢奥津間が現在のJR名松線として開通に至る事になります。 戦後になっても桜井延長を求める声がありましたが、鉄道建設における調査の結果はあまりにも低い評価となりました。それと逆に、1968(昭和43)年から名松線の廃止案が噂されるようになり、建設運動は中途で挫折となり、未成線となるのでした。 後日談ですが、廃止が噂された名松線ですが、その後沿線自治体からの強い反対運動により廃止案が撤廃し、現在でもJR東海管轄のJR名松線として今に至っています。 またJR桜井線桜井駅へ行っても、桜松線跡の痕跡は何一つありませんでした。なにせ、建設工事すら行なわれなかったのですから・・・・。 国鉄桜松線の起点でもあったJR桜井駅。左側には近鉄桜井駅(撮影地・105系車内) |
| << 前記事(2007/07/16) | トップへ | 後記事(2007/07/18)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/07/16) | トップへ | 後記事(2007/07/18)>> |