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help リーダーに追加 RSS 幻の阪急桜井線を辿る

<<   作成日時 : 2008/05/09 18:48   >>

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前回の『阪急千里線』にて、最後の方に「“幻の新路線”」と言いましたね。
それが、「阪急桜井線」と言いまして、現在の阪急千里線千里山と阪急箕面線
桜井を結ぶ新線構想でした。


計画は1961年2月から始まり、千里ニュータウンから大阪中心部への通勤輸送と、
宝塚線の混雑緩和の為の新線構想で、ルートは阪急千里線千里山から
上新田地区(現・千里中央)を経由して阪急箕面線桜井へ向かうというのが
“当初”の計画でした。

そこでまず、1963年8月末に千里山〜新千里山(現・南千里)間が開業。
ところが、この計画に対し大阪府から待ったが掛かったのです。理由は上新田地区の
区画整理事業の妨げになることからでした。そこで、現在の北千里、東牧落地区を経由
して桜井へ向かって欲しいと提案してきたのです。
当然、阪急は難色を示したのですが、府知事や運輸省からの介入により受け入れざる
を得なかったのです。

そして、1967年3月に新千里山〜北千里山(現・北千里)間が開業。そして、大阪府から
の要望で北千里・東牧落地区経由で桜井へ目指すも、北千里経由の新ルートは、当初の
上新田ルート比べて遠回りになり、宝塚線のバイパス路線として活用するのが難しくなり、
また一方で課題だった宝塚線の輸送力増強が進んだことにより、千里線を桜井へ延伸する
必要が失われた格好となり、1972年12月に阪急桜井線構想は事実上潰えました。


画像

         追い越し設備が準備されていた阪急南千里駅(阪急7400系車内)

阪急南千里駅は2面2線の駅ですが、追い越し設備の準備が施され現在でも痕跡が
残っていることから、2面4線の雰囲気を漂わせています。

画像

                 阪急南千里駅北側(阪急7400系車内)

阪急桜井線の当初ルートは、この南千里駅から直線で津雲台地区、そして千里中央、緑丘台地区
を経て、桜井駅へ向かう予定でした。

画像

                        阪急北千里駅(2号線ホーム)

次に千里線の終点・北千里駅に行ってみました。
北千里駅は終着駅と言うよりもむしろ・・・、“中間駅”に相応しい感じの駅ですね。

画像

                      駅北側にある引上線(2号線ホーム)

駅北側にある引上線。大阪万博開催時には、威力を発揮したそうです。
そんな大阪府の代替ルートは、この北千里駅から今宮地区へ向かい、そこから国道171号線
に沿って萱野地区、東牧落地区を経て桜井、そして石橋へ向かう予定でした。



参照:森口誠之『鉄道未成線を歩く 私鉄編』(2001年9月  JTBキャンブックス)

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